第413回例会

銃砲史学会 HP 平成30年12月、第413回例会
文責)会友 須川 薫雄
12月15日(土)午後1時―5時、早稲田大学 各務材料研究所にてのべ40人ほどの会員、会友が参加して行われた。続いて近所の店で懇親会、忘年会があり、20名が出席した。

懇親会の様子)

午後5時より8時まで、参加した霜 礼次郎先生談「銃の分かる奴と一緒だと楽しい」、写真中央。

概況)

実質的で興味深い内容であり、更に若い会員たちの熱心な演武、説明で盛り上がりがあった例会であった。

例会開始の様子
質疑応答も活発であった。

発表内容)

1、「火縄銃から洋式銃へ、発火機構としてのカラクリの変遷について」
会員 安井 淳治氏

おそらく、火縄銃形状、頬当て銃床用カラクリの種類に関する発表は初めてではないか。西洋の火打ち式、管打ち式のロックはコンパクトにまとめられており、2-4個のリーフスプリングで構成されている。ハーフコック機能がある。
引っかけ機構は丸い形の鉄板部品である。
しかるに日本の火縄式形状の銃のカラクリは前後に長く、引っかけ柄も長い棒だ。板バネの取り付けや、釣りバネも苦労して取り付けてある。

各種の日本の管打ちカラクリ
鍛冶の手製で、工業製品は観ない。また火縄銃内カラクリの「スルメ」はコイルスプリングに見えるが、材質的にも板バネに分類される。
真鍮バネではパーカションを破裂させることは出来ない。

上、火打ち式銃と下、火縄銃形状の管打ち銃。

発表は、日本全国の鍛冶が、管打ち式カラクリを各種、工夫して短期間で製造した事実は、19世紀中ごろの日本の銃砲技術の水準を示す事実のひとつであろう。ミニエ銃は輸入されたが、西洋式コンパクトなパーカッションロックは、拳銃などを除き製造されていないようだ。
同氏は古式銃を入手すると分解、手入れをして完全な形にする作業を通じて、様々な現象を知ることが出来るとしていた。

(以上)

2、「鉄砲隊活動とすい石銃の試射について」
西洋流火術鉄砲隊保存会 会長 瀧 政弘、副会長 伊賀 栄二氏

装具の説明、演武を壇上で行い、更に演武、射場の射撃などの映像を使い、多角的に高島 秋帆が19世紀初頭西洋の軍術を習得し幕府の行事として徳丸が原における調練として世に紹介した内容を継承した内容であった。

会には現在20名余の会員(女性4名)が存在し、装具小道具は自作、銃は火縄銃を使用して演武を広く実施している。
先に写真にあった、すい石銃、ロックは英国製、木部はインド製とみられる。銃身はオリジナルではないが不明。
銃床が薄く小さいこと、木部の材質、銃身の形状から猟銃として使用されていたものであろう。
この銃は本年8月、ニッコー栃木射場において空砲試射を実施した。
活動をしている人達の発表は現実性があり、目標も確固であるので、聞いていて面白かった。

会報、チラシ

多少意味不明だが。熱意に勝るものなし。

3、たたら製鉄と鉄砲地板
福山市立大学都市経営学部 八幡 浩二氏

奥出雲の遺産、たたら製鉄を櫻井家文書の解読で研究した内容で、近世から近代に掛けて日本の製鉄の発展、流通などを説明した。

古代のたたら技術、及び生産の体制は社会の変化により発展した、

体制は櫻井家のように大規模な砂鉄、燃料、設備を備え、生産や商品の流通が効率化した具体的な事柄を紹介した。。
流通は日本海、瀬戸内海の海運を利用して関西地方に膨大な量が運搬された。
技術の一部の例は、「天秤鞴」大型の空気供給システム

「砂鉄のかん穴洗い方」

人工的な樋を木板、石などで作り水を流し、上から鉄分を含む砂、岩石を流し、下に沈む砂鉄を採取する「たたらの基礎、小舟と呼ばれる空間の設置」

製造された鉄の商品、制作過程の例

たたらの題目は過去にも何回か発表された。
たたらの限界に関しての内容が多かったが、今回は近世における、日本の製鉄の組織化、流通とその技術の具体的な内容であった。

(以上)

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