第411回6月例会報告

実施日時:平成30年6月9日(土)午後1時より5時
実施場所:早稲田大学各務記念材料研究所大講義室
参加会員・会友:延べ42名
以下、3つの題目・発表者・内容概要

1) 品川御台場―幕末期江戸湾防備の拠点―

品川区立品川歴史館 学芸員 冨川 武史氏

概要:嘉永八年(1953年)のペルー艦隊、江戸湾来航に対抗して徳川幕府がとった
海防対策の背景と内容、その実績を説明した。
1 江戸湾防備の始まりと展開
2 ペルー来航による江戸湾防備の変革 阿部 正弘 江川 英龍など人材の活用
西洋軍事学より得た設計と大砲の整備
3 「内海御台場御普請諸井大筒鋳立御用掛」の発足
組織、分担、方法などの検討
4江戸湾防備新体制の確立と大筒鋳立御用 諸大名の配置と大砲配備
まとめ:この大プロジェクトは請負師(今でいう民間企業)を代官管理による敏速な情報
伝達と資材調達の実現。警備は一台場、一藩(親藩、外様のへだてなく配備)
大砲は当時の最高レベルの技術を使用 費用は幕府が負担したなど。
以上



(文責コメント*身近にある江戸への危機に対応した遺跡、台場の製作その背景、方法、現在
残っている遺跡など細やかな情報であった。また請け負製や日本全国一致した国防、などの
近代的手法は以後にも認識として残ったと考えられる。「大砲」、日本は近代的製造ができなかったと判断してよい。そのような観点からみると、現代に通じる概念がある。過去の大砲は現在の


ミサイルだ。兵器開発、配備まで今も昔も10年間と言われているので、大いに参考になる講義で
あったと評価できる。)

 

2) 鉄砲薬之井調合次第に記された2種の黒色火薬(上杉文書)

本論の目的:上杉に伝わる永禄二年の文書、鉄放(ママ)薬之方並調合次第には2種類の火薬処方が記されている。
1記載火薬処方を現在の衛に換算して、薬品三種の重量比率を確認する
2世界の火薬市場における本処方の位置づけを求める
3二種の火薬処方の意味するものを検証する
黒色火薬はえんせう(硝石)、硫黄、炭を配合し、混ぜ合わせ、さらに臼などで圧力を掛けて製造する。
その配分は世界火薬組成年表と比較しながら特に硝石とその他の配分を比較し、さらに14世紀より時代別、
地域別な分析を行った内容で、新しい研究分野を開拓した内容であった。
(文責者コメント*黒色火薬は打撃により発火せず生火により発火する。成分の配合比率は各々の
純度により変わる。粒の大きさ、形は重要な要素である。)

 

3) 資料紹介「火縄銃尾栓に洋式螺子技術を使用した鉄砲事例の紹介」

会員:松村 峰裕・小西 雅徳

内容は発表前に今一つの検証が必要と言うことで尾栓螺子の銃身側と尾栓の螺子山と谷があっていなければ
ならない。産業革命前の螺子切は手作業であり、西欧式螺子切製作機が導入されたのは近代になったからなので
近世にこの実物が西欧機械で製作されたものかは文献にはないので、新発見である。



(宇田川先生コメント*西欧式の山も谷も鋭い角度を持っているがこれにはそれが見られない。
文責者コメント*西欧前装銃尾栓は内部の製作のためで整備のためではない。日本の火縄銃だけが尾栓を
開けて内部を清掃する。西欧銃の弾詰まり、清掃などは別な手立てで行う。火縄銃の尾栓は再製作されたり、
他の銃のものを無理に合わせることがある。)
以上
(文責 須川 薫雄)
前理事の会員須川より退会のあいさつがあった。HPの新担当者は未定であるが、現在インターネットを使わない
研究団体やその課題は通用しないので、早めに新担当を決め9月例会では新しい方式で作成してほしい。
例会前の総会では予算、年度計画などが承認された。
懇親会は21名の参加者があり、盛会であった。

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記録開始日:2010年4月1日
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