第401回 平成27年12月例会

日時:平成27年12月12日(土曜日)
場所:早稲田大学各務記念材料研究所
参加者:延べ46名

発表内容:

1、「射撃競技の歴史とオリンピック」

日本ライフル射撃協会会長 坂本 剛士
(当銃砲史学会会長兼任)

①射撃の起原
人間だけが持つ能力、モノを投げたり、射たり、火薬や銃砲発明後は射撃を
行い生活の糧とし、射撃の技を競うことが行われるようになり、19世紀末の
クーベルタン男爵(自らもピストル射撃選手)が発祥したアテネオリンピックから射撃競技は公式なものと扱われている。現在オリンピックでは16競技。

② 我が国の砲術の歴史
戦国期に一般的な武器となった鉄砲とその射撃は江戸期には免許皆伝の制度になり、諸文献によれば、距離15間、的外枠8寸、星2寸を射撃するのが一般的であり、町打ちという遠距離射撃も行われ、射撃は武道(スポーツ)として栄えた。

③ 明治期
国産銃が開発生産され軍用射撃に注力された。射撃訓練として特記されるのは
西南戦争(明治10年)に警察官に小銃射撃を訓練し、兵として派兵したことで
この時に射撃訓練の基礎がつくられたと考えられる。

④ 戦前のライフル射撃
特徴は学生、一般に三八式小銃(6.5㎜)を使用したことだ。学生は学校教練が始まり、中学、専門、師範、大学などで射撃は盛んになり、地区別学生射撃大会が盛んに行われた。

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image003 大学射撃部


⑤ 戦後
GHQの厳しい銃砲規制により、空気銃から射撃は始まった。散弾銃に関してはさほどではなく、クレー射撃は行われた。徐々にライフル射撃も始まった

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⑥ オリンピックが射撃競技の頂点である。
さまざまな働きかけが行われ現在ジュニア層からの選手強化が行われている。

⑦ ライフル射撃協会とクレー射撃協会(猟友会系)
一国で二つの団体に分かれているのは日本だけである。しかしこの統合は難しい。

⑧ 現在までのオリンピック射撃競技のメダル数

⑨ デジタル銃とパラリンピック

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講演する坂本会長

2、美鋼変幻の里を訪ねる

川崎製鉄研究所 元理事野崎 努氏

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たたら(15Ⅹ10㎝)
本年の冬、島根県出雲町にある日立金属上木炭銑工場(日本刀たたら場)
を訪ね、同施設の歴史、たたら鉄の復活、鉧出し、角炉などの見学と研修の
報告であった。同たたらは今回で3回目の操業であり、日本古来の伝統技術
を日刀保(公益法人)の元、刀匠が必要なたたら鉄の製造を実施した。
鉧出しの実施にも立ち会い、その様を発表した。

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野崎氏


3、古銃銃身の観察考

峯田 元治
4本の銃身を例に火縄銃(薩摩筒六匁)、和製ゲベール銃、和製管打ち銃2本の
銘の入れ方、尾栓、照星照門、鉄質、厚さ、壬申刻印など詳細を説明した。
会員の中には古式銃保持者は三分の一ほどなので大変勉強になった。

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4、滝野川大砲製造所と反射炉の位置

梶原 利夫
幕府が文久三年、関口水道町に反射炉をつくるべく工事を始めたら、地盤が
悪く、かってより、滝野川に大砲製造所を建設中であったのでそこに効率も
考え煉瓦つくりの反射炉の建設に掛った。

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斜めに入っているのが反射炉
新資料、及び「滝野川村後用留」(国会図書館)より滝野川の反射炉と大砲製造所(縦穴)の位置関係を研究した内容を発表した。
梶原氏

会場の様子:

京都の岡崎氏ご夫妻、愛知の林 利一氏、富士市の角替氏一行など年末多忙にも関わらず大勢の会員会友が参加した。



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懇親会:

約25名が参加して近所でおこなわれ、忘年会も兼ね、いつもどおり議論に花がさいた。

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以上 管理人記

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