長篠合戦遺跡見学会の様子

7月4日(土)の長篠合戦遺跡見学会に於いてはまずは、現地愛知古銃会の
林 利一会長、伴氏など、バスの手配、運営その他見学者へのお世話に関して日本前装銃射撃連盟から御礼申し上げる。また、当会の松岡 孝治、高橋達郎
両幹事は事前視察も行い万全の準備をした。
見学の手順は武田信玄の三河進出から設楽ヶ原の決戦までの遺跡を城、決戦場、
歴史資料館などを中心にマイクロバス(伴氏運転)で手際よく、適切な説明を、
林、松岡、山内氏(元館長)から受けた。

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参加は総勢は22名であった。野田城における説明。
永正五年(1588)信玄は徳川方のこの城を、井戸の水を絶つと言う独創的な
方法で落とした。

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井戸のあと


コースは駅前から吉田城→二連木城→牛久保城などを車中から見学し、
武田軍の第一次攻撃の道筋を通った。
野田城は信玄の本陣であって彼はここで、体調と崩し、信州にもどった。
一設には狙撃されたという説もあるが、その狙撃手と信玄公の居場所の
距離から近代ライフル銃でないと不可能ではないかと、現地を見て感じた。
茶臼山を経由し、今度は3年後に武田勝頼が本陣とした医王寺に到着し、
お参りし、昼食を採った

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医王寺における昼食


午後はいよいよ長篠城を見学した。長篠城の地理的な優位性は現地を見ないと理解出来ない。
二つの深い、流れの速い川が交わる、先端にあり、その川から崖は下からよじ上ることは難しく、反対側には三ノ丸、二ノ丸、そして狭い場所にの堀、外壁と防備は固く、攻撃側軍勢は攻め悩んだ。本丸は先端にあり、資料館がある。

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真ん中の飛び出ているところが本丸、上は新東名高速道路建設中
下は本丸

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野球場くらいの広さである。
そして数々の劇的な逸話が残っている。

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新東名の向こう山の上が鳶ケ山砦でこれは落とされるが鉄砲の射程ではない。

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資料館の展示例

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対岸より長篠城を観る

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長篠城はかなり山間であり、大軍勢の行動し難い地形だ。
そこからまたバスで戻り1時間弱下ったところが開けておりそこが設楽ヶ原だ。
新城市設楽ヶ原歴史資料館に到着し、例会までの間、見学と休憩をとった。
ここは所謂長篠の闘いの古戦場の上、高台に位置する。

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天気はほとんど雨であった。
手際良く運転する伴氏

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以上の如く、例会開始前に例会の多くのテーマに出現する数々の場所を
手際良く見学することができた。
(この項以上、管理人記)

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