第398回日本銃砲史学会 3月例会報告

場所:早稲田大学各務記念材料技術研究所
日時:平成27年3月14日(第2土曜日)
参加者:35名

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発表題目、発表者、及び主な題目
1、『ミニエ方式小銃の20年間とその性能』 会員 須川 薫雄
ミニエ方式小銃は1849年に仏ミニエ大尉が開発した方式で、主に
英国エンフィールド、米国スプリングフィールド工廠で生産され、
クリミア戦争(1853-56)、米国南北戦争(1861-65)の主力兵器で
「前装ライフル銃」として産業革命進行中の当時の最新兵器であった。上記に二つの大戦争後、日本に中古品が約18万挺輸入され、戊辰戦争に使用されたのが最後の使用である。従って実質的には僅か20年間しか使用されてないのであった。(スナイドル銃後装に改造された)
弾丸に回転を与えると直進性が増し、射程が延び、命中率が高くなることは米国で経験的に知られており、民間猟銃として各種が製造されていた。これらは工業製品ではなく、手作りの高価なものだった。
ミニエ大尉の着眼点は銃口径より小さい弾丸を発射の際に拡張させる、装填は楽だが、弾丸の回転は十分に付くもので、閉鎖は前装であるから完全と言う方式だった。仏と独は、ミニエ方式は一部だけで主力は熕棹式シャスポー銃、ドライゼ銃を採用したいずれも斬新な機構であったが、強力な弾薬、完全な閉鎖と言う点では不十分だった。
19世紀、産業革命の進行、帝国主義、近代的軍隊の整備は大戦争を
生み、銃器は滑腔からライフル、燧石からパーカションそしてボクサー雷管、前装から熕棹式後装、単発から連発に進化し、19世紀中半は兵器研究の一つのエポックであった。

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結論としては火縄銃の10倍近い性能であると推定されよう。100m、13発の競技用射撃
(当日本銃砲史学会の研究範囲は戊辰戦争、慶応三年、1868年までと決められているので、ミニエ方式小銃がその最後と言える。発表は、小銃発火方式の歴史を、火縄、燧石、管打ち、近代雷管の各々の発射を射撃場で行い、そのビデオを見せて始まったが、内容が聴衆に理解され難く反応は鈍く、全体的な内容も必ずしも聴衆の興味を引かなかった。)

2、『鉄の起原そして和鉄、洋鉄』
歴史を変える転換技術研究会 野崎 努氏

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① 人口的な製鉄技術はヒッタイト帝国から誕生した
現在のトルコ国のあたりに紀元前に勃興した文明、ヒッタイト帝国、そのひとつの文明として紀元前17-12世紀に人工的に鉄を製造する技術があったと粘土板に書かれた文献にある。遺跡は発見されてない。

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調査中の遺跡

② 日本には何時伝わり、日本古来の鉄造りとは?
日本は6世紀の弥生時代に鉄造りを開始した。島根地方がその生産拠点となり、本年和式製鉄を日本美術刀剣保存協会所有のたたら炉で行われた
③ 戦後始まる日本の製鉄
製鉄に関しては独自の歴史を持つ日本は戦後、川崎製鉄が千葉臨海地に新工場を建設し様々な新技術を駆使し鉄の新しい製品を生みだした。戦後、1950年頃に比較すると現在の製鉄量は約15倍になり、しかものべ板、シームレス鋼管など多種類の鉄が産出されている。
(当会に於いては製鉄のご講話は頻繁にあるが、現在の製鉄がたたらと密接な関係があると言う事実、日本の一つの文明の経路を明確にご説明いただいた。)

3、『港区旗本花房家屋敷遺構から出土した黒色火薬様の物質について』
 (公財)東京都スポーツ文化事業団 東京都埋蔵文化財センター
               調査研究員 合田 恵美子女史

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①背景は警視庁麻布警察署庁舎改造計画に伴い、現在のミッドタウンあたりの遺構を調査していた。麻布は丘と谷の多い複雑な地形で道路は坂が多い。遺構はそのようなところにある。
②旗本花房家について
五千石を知行する17世紀初頭より幕府に仕えた伝統ある家がらであった。
③  近世の主要遺構

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主に17世紀初頭の庭園池、上水機構、地下室・大形土杭などがあり
「268号遺構」と言う地下室の調査から、四耳壺(サイズ不明)が
4個出土した。その口には扁平な瓦状の板が置かれていた。内部は透明な液体に満たされていたが、底には炭の匂いのするタール状物質が発見された。壺は17世紀後半、信楽で製作されたと考えられる。
④ 黒色化合物の調査
この黒色物体を東京都埋蔵物文化財センターX線分析で硝酸カリウム、硫黄、木炭の黒色火薬である可能性が考えられた。
しかし湿度の高いところに置かれていたこと、居住者との関係などから黒色火薬と断定することは避け、さらに調査中である。
(調査の結果、重要な発見があることを期待します。)

 

4、『ラオス北部における鍛冶技術と前装式銃』
千葉県教育庁文化財課・産業考古学会 神野 信氏

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① ラオス国土と北部における民俗学的な説明
普段なじみのないラオス、海に面してない東南アジア唯一の国土、そこの47族にも及ぶ少数民族と言語、居住地による分類と生活。
民俗学的にも大変面白い内容であった。
② 鍛冶の作業
普通の農林作業に使われるナタに於いても造りが様々である。
鍛冶の作業、道具・方式は中国系とインドシナ系では異なる。
④ 狩猟と鉄砲

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鉄砲は頬当てでも、肩付けでもない原住民の発射
鉄砲は前装式で散弾用らしい。機構は紙雷硝を使い、簡単なサイド
機構である。狩猟は禁止されているが、筒銃身のこの簡単な銃で鳥類、小動物を狩猟するのであろう。紙野氏の聞きとりで以前の鍛冶の様子、鉄の製造などかなり突っ込んだ内容で、以前のアジア全体の状況を知るには意義のあるテーマであった。

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サイド機構引き金は押すらしい
(もし20世紀においてもこのような鍛冶、ランボーがナタを製造する方式と同じ、また紙雷硝機構、パイプ銃身など銃の細かいところ、
鍛冶の道具、ハンマーは上下対象のものしか見えなかったが、そのあたりも詳しく説明があれば興味のある内容だ。)

懇親会:「かわうち」にて20名参加で行われた。
熊本から松本氏(左から2番目)

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