第392回平成25年度10月例会(長野県松本城)報告

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秋の松本城

10月19日(土)例会・懇親会、翌20日(日)松本城「赤羽コレクション」
・「松本城古式砲術演武」3火縄銃団体演武の見学会を実施した。
今回の一連作業担当は松岡孝治理事で、会場、宿泊、懇親会、松本城
などへの手配、準備を滞りなく行い、会員20数名と会友10数名の参加を
得て銃砲史研究のさまざまな視点並びに実地認識を新たにし、成功裏に
終了した。

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例会会場風景

○例会 開会挨拶峯田理事、司会須川理事、閉会松岡理事 参加者42名
題目と内容は以下の通り

1、 「松本城の火器仕様」 NHK文化センター 青木教司氏
国宝松本城は天正・文禄期の日本最古の五重六階天守でありその構造と配置の説明があった。堀の幅、天守への距離は鉄砲の有効射程距離を考えてのものである。

 

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防備に関しては狭間、石落としなど城からの射撃、距離と角度を考えた設計であった。装備された鉄砲は929挺あり(文化十二年)弾丸数約15万、
火縄合計6000把(切り火縄含む)であった。折れ塀、隅櫓、門などの工夫、
さらに天守の壁の厚さ(上に行くほど薄くなるが、加重と弾丸の通りを計算し)の構造論、その他詳細にわたるご説明であった。幕末、長野県各藩の銃の種類と数量の資料も説明された。青木氏はご専門「近世農村経済史」であり、郷土歴史に関する題目の御講演を数多くされている。

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青木氏とその説明スライド

2、「天正十年松本小笠原鉄砲衆について」  会員 市川恵一氏

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市川氏

市川氏は当銃砲史学会会員であり、松本城鉄砲隊の隊員である。生地「会田」志賀の鉄砲戦の背景、地理、結果に関して述べられた。小笠原氏は松本城の初代藩主であった。最終的には小倉15万石を領地として、江戸期おける小笠原流礼方宗家となった。会田の地の合戦では毎日200発の玉と火薬を供給したが、届かなかったことがあった事実。また市川氏は中世、近世、交通路は山間を通った(中山道)の背景として河川の渡河をあげておられたが、これは山に住む常識であろう。(余談ながらリニアカーは山間に敷設される)

3、「ふたたび鉄炮伝来論―村井氏の批判に応える」理事長 宇田川武久氏

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宇田川先生の著作

村井章介氏は「世界史の中の戦国日本」「日本中世境界史論」などにおいて
宇田川先生の鉄炮伝来論に対して幾つかの点を批判している。それに対し、
① 朝鮮・明資料の火炮の解釈
② 日本に伝来した鉄炮の源流
③ 鉄炮仕様の差異が多元的伝来を意味するか?
の3点に絞り、日本への鉄炮伝来倭寇説と日本での流派師範の多様化に関して、鉄砲は九州と西日本に持ち込まれた、その流派に残る南蛮仕様の痕跡が鉄炮伝来の多元性事実の証明であると結論した。

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宇田川先生

 

名称未設定

関係者記念撮影 加唐亜紀女史撮影

○懇親会
会場近所の料理屋において豪華な食事の懇親会が行われた。いつもは居酒屋であるが、地方例会の場合は会場に良いところを選択していただき担当理事に感謝する。約25名が参加し、賑やかながら紳士的に学術論を語りあった。
楽しい会であった。

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挨拶する松本城鉄砲隊隊長西堀恒司氏

 


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